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院長のひとりごと

鍼灸・指圧治療院の院長が日々考えることをつづります。

私が治療家になった理由(終)

2006-08-18-Fri-21:06
仕事の転機とともに思い切って開業に踏み切ったわけですが
今から考えると無謀に思えるような状態でした。

なにしろお金も経験もろくにない状態でしたから・・・

昭和62年3月
自宅の一部を治療室にして開業

しかしながら時代が良かったのか、運が良かったのか、
最初の月には、なんと100名を越える患者さんの来院がありました。
そして、それからもそれなりに何とか仕事をすることができていました。

転機が訪れたのはそれから数ヶ月後のことです

患者さんが来てくれるようになったとはいえ、まだまだ半人前。
開業をして仕事をする傍ら、
私は様々な講習会に参加をつづけていました。

私の師匠である佐藤和市D.C(ドクターオブカイロプラクティック)
と出会ったのはそんなある日の講習会でした。
この先生に出会っていなければ今の私はないといっても過言ではありません。

経穴人形


あれは忘れもしない昭和62年9月
東京衛生学園での講習会に参加した時のことです。

私はその時の講師であった佐藤先生の講義を聞いて目が覚める思いをしました。

当時、「治療をすると、なぜ治るのか」ということを自分なりに究明しようと
あがいていた時期でもありました。
佐藤先生の講義は、そんな私の思いを見透かしたかのようなものでした。

『学問を学ぶとは、原理・原則を学ぶものだ』 

「この先生であれば!!」
と直感した私は、佐藤先生の主宰する『和漢塾』に入門することにしました。

施術の原理・原則とは奥の深い問題であるので、
今なお全てが解決されたわけではありません。
が振り返ってみると、ここで私の今の治療の基礎となる大部分のものが培われたのではないかと思っています。

GTスコープ


その次の年から当時熱海にあった、「呉竹鍼灸専門学校」に通い
少し遅いですが(-_-;)資格をとりました。
(数年間独学で勉強してきていたものの、勢いでサラリーマンから転職したこともあり、なんの資格も持っていなかったので・・・)

今もなお治療家としていられるのは様々な要素があると思います。
しかしながら、
「佐藤先生との出会い」
というものがあったからこそ成り立っているものであると自覚しています。

20年近く経った今でも年に数回は和漢塾へ通い
さまざまなことを学ばせてもらっています。

そのおかげで、私は多くの患者様の笑顔に出会うことができるのだと思っています。


院長の治療院
http://www.nen-ei.com
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